みなさんは食の安全が気になったことはありませんか。食品中に残っていた農薬が健康に悪影響を及ぼすことがないように、食品中に残留する農薬についての規制が制定され、残留農薬を検査する方法もいくつかあります。しかし、対応は不十分という意見も聞かれます。
このような中で、残留農薬の検査キットが開発されました。ここでは、残留農薬の検査キットとはどのような仕組みになっているのか調べてみました。
なぜ私たちは残留農薬が気になるのか、残留農薬のない食品を食べるにはどうすべきか
残留農薬への不安と安全制度
残留農薬というのはその言葉通り、食物に残っている農薬を意味します。
日本では1947年(昭和22年)に食品衛生法が制定されました。この法律は食品やその添加物などに関して基準や検査方法などを定めています。また、1948年(昭和23年)には、農薬の規格や使用について農薬取締法も制定されています。
輸入農産物などが増加する中で基準値を上回る残留農薬が検出されたり、日本で禁止されている、あるいは許可されていない農薬が食品から検出されたといった事例が発生しています。
消費者から食についての安全性を懸念する声を受けて、食品衛生法にポジティブリスト制度が導入され、2006年5月に施行されました。
ポジティブリスト制度
ポジティブリスト制度とは、基準値以内なら使用して良い農薬を一覧表にし、それ以外の農薬が一定量以上含まれている食品が流通することを原則として禁止しています。ポジティブリスト制度では、農作物に関しておよそ135の分類と799の農薬等についての約10万の残留基準が定められています。
この基準を超えた残留農薬が検出された農作物やリスト以外の農薬が検出された農作物は、流通を禁止されています。しかし、加工食品に関しては原材料を検査した結果が準用されているなどの状況もあり、検査体制が完璧とは言えないと指摘されています。
現状では、食品中の残留農薬検査は機器分析法、または簡易検査法によって行われることが多いですが、機器分析法には熟達した技術が必要で検査に数日の時間がかかり、費用も平均数万円がかかるといったデメリットがあります。
一方、簡易検査法は検出可能な農薬数が少ない、検出感度が低いといったデメリットが挙げられてきました。
アグリケムの開発
このような意見を受けて、関西ペイント株式会社とマイクロ化学技研株式会社が共同開発した残留農薬検査キットがアグリケム(商品名)です。この残留農薬検査キットは、機器分析法に用いられてきた残留農薬検査の前処理を簡素化する技術や特定の波長の光を浴びると化学反応を起こして硬化する特性を持った樹脂(光硬化性樹脂)による、酵素固定化技術を利用しています。
残留農薬検査キット「アグリケム」は簡易に残留農薬が検出できるように開発されました。残留農薬を検出する仕組みを説明していきますが、その前に農林水産省のウェブサイトを見ると、農薬取締法でいう農薬についての詳細な定義が掲載されています。
大まかに言うと、農作物に害を与える虫などの防除に用いられる薬剤です。さまざまな農薬がありますが、アグリケムは有機リン系農薬とカーバメート系農薬がコリンエステラーゼという酵素を阻害するという性質を利用しています。
コリンエステラーゼという酵素は、体内にあるコリンエステルという物質をコリンと酢酸に分解する働きを持っています。有機リン系農薬とカーバメート系農薬はコリンエステラーゼの働きを阻害する作用を持っているため、体内では痙攣、呼吸困難、瞳孔収縮といった症状を発生させます。
アグリケムの仕組み
アグリケムのキットの本体はどのような構成になっているのかというと、試験管のように細長い形をした本体チューブの底部に光硬化性樹脂が入れられ、光硬化性樹脂の上に光硬化性樹脂で包括固定されたコリンエステラーゼの層(固相化されたコリンエステラーゼ層)が乗っています。
農薬が残留しているかどうかを調べたい試料をここへ加えて静置します。その後、コリンエステラーゼによって青色に発色する発色薬もここへ加えます。試料に有機リン系農薬あるいはカーバメート系農薬が含まれていない場合、酵素反応によって固相化されたコリンエステラーゼの層は青色に発色します。
しかし、有機リン系あるいはカーバメート系農薬が試料に含まれている場合、酵素反応が阻害されるため青色発色は起こりません。実際に農薬残留キットとして使用されるためには青色発色が目視確認できること、キットが長期保存できるものであることなどの条件が必要です。
こういった条件を満足させるために、関西ペイント株式会社の実績ある光硬化性樹脂が固定化に使用されました。この光硬化性樹脂は酵素の包括固定化が可能で、硬化により半透明の含水ゲルになります。物理的な安定性を高めるためと水分補給のために、固定化酵素層の下に酵素が固定されていない光硬化性樹脂だけの層が配置されています。
二層構造にすることで固定化酵素の乾燥が防止されているため、摂氏25度以下なら6ヶ月の保存が可能になりました。アグリケムの農薬残留検査キットでは、農薬を検出するために前処理法という作業も行われます。前処理法を行う用具としてカラムシリンジが使用され、ここで農薬の濃縮が行われます。
カラムシリンジは、先端にカラムが結合したマイクロピペットチップとディスポーザブルシリンジから構成されています。カラムシリンジに10mlの農薬抽出液を複数回吸引、排出することで、抽出液の中の農薬をカラムに吸着させます。
次に0.1mlの溶出液で溶出します。こうして抽出液の中の農薬を最大で100倍濃度にまで濃縮することができます。この作業は農薬を高感度で検出するために行われるもので、前処理法と呼ばれています。
アグリケムの評価試験
マイクロ化学技研株式会社のレポートによると、アグリケムを使用した評価試験も行われています。評価試験は、有機リン系農薬58種類とカーバメート系農薬16種類に対して行われました。試験では0.1ppbから100ppmの水溶液が作られて、アグリケムによる各農薬の検出限界が調べられました。
判定は、上層の青色発色を色インデックスカードと照合して「陰性」(農薬不検出)、弱陽性(疑わしい)、陽性(検出)の3段階判定として行われました。「弱陽性」判定された濃度以上を「検出可能」と判断しました。有機リン系58農薬及びカーバメート系16農薬、合計74の農薬のうち、18の農薬が10ppbの濃度で検出できることが判明しました。
それ以外に、20種類の農薬が10ppbの濃度では検出できないものの、100ppb以下の濃度では検出できることが確認されました。この結果、アジンホスチルなどを含む38種類の農薬が100ppb以下の濃度で検出可能であり、これは同原理の農薬残留検査キットにおいて対象農薬数が最多、検出感度が最高であったため、38種類の農薬の残留検査スクリーニングについてアグリケムは適用可能であることが明らかになりました。